みんな、お疲れ。
前回の記事では「なんで人は物を12個でまとめたがるの?」について話したよな?
確かに周りを見渡してみれば12に関するものって結構あることに気づく
卵のパックとか、鉛筆の1ダースとか、時計とか…そういえば…
時計で思い出したんだが、「12時」って「正午」その前は「午前中」じゃ、その後は?「午後中」って言わないよな?
何で「午前中」があるのに「午後中」は言わないんだろうな?
ぼーっと生きてちゃ、夜になっちゃうぜ。
「午後中」って言わないのはな、
午後の終わりは人それぞれだから
なんだぜ。
実は江戸時代の文献には「午後中(ごごじゅう)」という表現が見られます。しかし、時代とともにこの言葉は徐々に使われなくなり、「午後」という単語だけが一般的になったと考えられます。その理由のひとつとして、「午前」は「朝の時間帯の総称」として定着したのに対し、「午後」は昼から夜までの広い範囲を含むため、「午後中」と言う必要が薄かったことが挙げられます。また、江戸時代の時刻制度は「時の鐘」や「不定時法」だったため、時間を厳密に区切る概念が薄く、「午前中」と「午後中」という表現の必要性が現代ほどなかった。さらに、明治時代に西洋式の時刻制度が導入されたことで、時間の概念が整理され、「午前」と「午後」という区分がより明確になリマした。結果として、「午後中」という表現は一般に使われなくなり、現代では違和感を覚える言葉となっってしまいました。なので、終わりがはっきりしているものには〜「中」が使え、はっきりしないものには「中」が使いにくいと言うことですね。
だから、なぜ「午前中」とは言うのに「午後中」って言わないの?と聞かれたら、
じゃああんた今度、結婚している人に「あ、ご結婚中なんですね〜」って言ってみな?
なんとも言えない空気になると思うぜ。
言葉というものは時代とともに変わるものです。「午後中」という表現がかつて存在した事実を知ると、「言葉は人間が作り、時代が選別するもの」だと実感しますね。誰も使わなくなった言葉は自然と消え、新しい表現が生まれる。これが言語の生態系なのかもしれません。
ぼーっと生きてると、こうした言葉の変遷にも気づかないぜ。
「歴史の淘汰が言葉の運命を決める」ってわけだな。